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仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)198号 判決

控訴人・被告 株式会社高田金物店

訴訟代理人 松坂清 外一名

被控訴人・原告 香西運吉

訴訟代理人 佐藤智彦

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、主文同旨の判決をめ、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  原判決事実摘示の被控訴人の請求原因事実(原判決一枚目裏一行目末尾の「原告は」以下同一一行目「被告に送達済である。」まで)はすべて認める。

(二)  準占有者に対する弁済

(1)  控訴人は昭和四三年七月六日訴外有限会社丸善鉄工所(以下「丸善鉄工」という。)に対し棚倉農業協同組合社川支所鉄骨工事を代金一五八万円、同組合蔬菜選果場鉄骨工事を代金九二万円、合計金二五〇万円で下請けさせたところ、同年八月上旬頃丸善鉄工は右工事未完成のまま倒産した。

ところで、控訴人は丸善鉄工に対し、同年七月二一日から同年九月七日までの間、その注文により鉄鋼資材を売渡し、同日現在における控訴人の丸善鉄工に対する売掛債権額は金一九七万四、九八四円に達していた。

そこで控訴人は同年九月七日右売掛債権と丸善鉄工の控訴人に対する前記工事代金債権とをその対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、同日現在における右工事残代金債権額は金五二万五、〇一六円となつた。

(2)  訴外福島八幡株式会社(以下「福島八幡」という。)は丸善鉄工に対し、その倒産当時約四〇〇万円の売掛債権を有していたところ、福島八幡の社員室根昭二は同年九月七日控訴人に対し、丸善鉄工作成にかかる前記工事残代金債権受領に関する委任状、債権譲渡証を持参し、右債権の受領代理権の存在を証したため、控訴人は同日福島八幡に対し工事残代金五二万五、〇一六円を善意で弁済したから右債権は消滅した。右債権者(丸善鉄工)の代理人に対する弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効である。

(3)  被控訴人は丸善鉄工を債務者、控訴人を第三債務者として丸善鉄工の控訴人に対する工事代金債権につき、債権仮差押命令を申請(福島地方裁判所郡山支部昭和四三年(ヨ)第六五号)して仮差押命令を得、該命令正本は同年九月八日控訴人に送達されたが、被仮差押債権は前記のとおりすでに存在しなかつたものであるから、右債権仮差押は無効であり、被控訴人の本訴請求は理由がない。

(三)  被控訴人主張の後記(三)の事実は争う。

2  被控訴人の主張

(一) 控訴人主張の右(二)の(1) の事実中、控訴人が鉄骨工事を丸善鉄工に下請けさせたことは認めるが、その余は不知。昭和四三年九月八日現在における控訴人の丸善鉄工に対する資材の売掛残債権額は棚倉農業協同組合蔬菜選果場の材料費金六二万八、四〇四円、同組合社川支所の材料費金九〇万円、合計金一五二万八、四〇四円であるから、仮に丸善鉄工の控訴人に対する工事代金債権額金二五〇万円と対当額で相殺されたとしても丸善鉄工の工事残代金債権額は金九七万一、五九六円である。同(2) の事実は不知。同(3) の事実中、仮差押命令正本が控訴人に送達された当時、被仮差押債権が存在しなかつたとの点は否認する。

(二)  被控訴人は同月五日現在において丸善鉄工に対し合計金三八〇万円の債権を有していたが、その弁済がなかつたので、控訴人及び丸善鉄工の双方について控訴人の丸善鉄工に対する工事代金債務の存否及び残存債務額について調査したところ、なお金七五万円残存することをつきとめた。そこで被控訴人は翌六日福島地方裁判所郡山支部に被控訴人が丸善鉄工に対して有する約束手形金八〇万円(丸善鉄工同年六月四日振出満期同年八月二〇日)の内金七〇万円の債権の執行を保全するため、丸善鉄工が控訴人に対して有する前記工事残代金債権の仮差押申請をし仮差押命令を得たものである。

右工事残代金債権が残存することは、次の諸点から明らかである。

(1)  被控訴人が同年九月五日司法書士小林篤とともに控訴会社本店営業所に赴いた際、控訴人方の支配人と認められる営業、会計係某は被控訴人に対し同日現在において、前記工事代金七五万円の残債務が存すること及び訴外佐藤市太郎及び福島が八幡が取立委任を受け控訴人に請求にきたが、控訴人方では毎月一〇日が支払日であるため同人らにいまだ支払つていない旨言明していたこと

(2)  控訴人は前記債権仮差押決定及び本件差押並びに転付命令が送達されたのにかかわらず、これらに対し全く何らの異議、苦情も述べておらず、不服申立もしていないこと

(3)  丸善鉄工の債権者で被控訴人と債権保全に努めていた訴外斎藤徳意は、前記佐藤市太郎及び福島八幡が同月二〇日控訴人から債権を減額させられ金五五万円の支払をうけたが、その領収日付をさかのぼらせて同月七日付の領収証を渡してきた旨右佐藤から聞知し、その旨被控訴人に伝えていること

(4)  被控訴人と小林篤が同年一〇月一〇日控訴人方に赴いた際、控訴人方の女事務員は帳簿を見たうえ、控訴人が福島八幡に金五二万五、〇一六円を支払つた日時は同年九月二〇日であることを言明したこと

そうすると控訴人が仮に右金員を福島八幡に支払つたとしても、その支払日時は前記仮差押決定が控訴人に送達された以後であり、領収証(乙第一号証)の作成日付は真実に符合していないものであつて右仮差押は有効であるといわねばならない。

(三)  仮に控訴人が金五二万五、〇一六円の小切手を同年九月七日福島八幡に振出したとしても、その時点においてはもちろん、少くとも同月二〇日までは、債務の本旨に従つた弁済の提供とならないから、その額に相当する債権も消滅せず、同月八日には有効に残存していた。したがつて控訴人がその後右金額を小切手により支払つたとしても、これをもつて被控訴人に対抗できない。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  被控訴人がその主張の日主張の内容の債権差押並びに転付命令を得たこと、該命令正本が被控訴人主張の日丸善鉄工及び控訴人に送達されたこと、被控訴人が丸善鉄工を債務者、控訴人を第三債務者として丸善鉄工の控訴人に対する工事代金債権につき仮差押命令を得、該命令正本が昭和四三年九月八日控訴人に送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこでまず控訴人主張の弁済の抗弁について考察するに、成立に争いのない甲第一号証、当審における控訴人代表者藤田嘉平二本人尋問の結果、これにより成立を認めうる乙第一ないし六号証によると、

1  控訴人は昭和四三年七月六日丸善鉄工との間に棚倉農業協同組合社川支所鉄骨工事及び同組合蔬菜選果場鉄骨工事の下請負契約を締結し(控訴人が鉄骨工事を丸善鉄工に下請けさせたことは当事者間に争いがない。)、これに要する鉄鋼資材等は丸善鉄工の注文によりその都度売渡すものとし、工事代金を右社川支所については金一五八万円、右疏菜選果場については金九二万円、合計金二五〇万円とし、その代金は工事完了後右鉄鋼資材等の売却代金と差引いたうえ支払う約定であつたところ、丸善鉄工は同年八月末頃右工事未完成のまま倒産した。

2  控訴人は同年七月一二日から同年九月七日までの間に丸善鉄工に売渡した鉄鋼資材代金が丸善鉄工倒産後控訴人において工事を引継いだために要した工事費を含め、同日現在で金一九七万四、九八四円に達したため、同年九月七日丸善鉄工との間に右金額と工事代金二五〇万円を相殺し精算した結果、控訴人の丸善鉄工に対して負担する工事残代金債務額は金五二万五、〇一六円となつた。

3  福島八幡の代表者室根昭二は前同日控訴人に対し、丸善鉄工作成にかかる前記工事代金残債権受領に関する委任状を持参して右債権の受領代理権の存在を証明したため、控訴人は右室根が真正の受領権者であると信じ、同日福島八幡にし株式会社東邦銀行棚倉支店交付の当座預金小切手用紙を用い、同銀行あての金額五二万五、〇一六円の小切手を振出し弁済したが、これについて過失を認めるべき事情はなかつた。

以上の事実を認めることができる。

被控訴人は右弁済は仮差押命令が控訴人に送達された同月八日以後の同月二〇日になされたものであり、領収証(乙第二号証)は日付をさかのぼらせて作成されたものである旨主張し、当審における証人斎藤徳意の証言及び被控訴人本人の供述中にはこれに副う部分があるけれども、右はいずれも前掲各証拠、とりわけ乙第六号証(前記東邦銀行棚倉支店交付の当座小切手帳控)は、小切手番号が通し番号で印刷され、振出日についても年月日順に順序正しく記載されており、日付をさかのぼらせることはできないと考えられることに照らし到底措信できないし、また、成立に争いのない甲第三号証、乙第八号証、当審における証人小林篤の証言及び被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人が同年九月五日司法書士小林篤とともに控訴会社に赴いた際控訴会社の社員某から同日現在において控訴人の丸善鉄工に対する工事残代金債務がなお金七〇万円残存しており、控訴会社では毎月一〇日が支払日であると聞きただしたこと、控訴人が前記仮差押命令及び本件差押並びに転付命令の送達を受けて以後これらに対し異議、苦情も述べず、不服申立もしていないこと、被控訴人及び右小林が同年一〇月上旬頃控訴会社に赴いた際、控訴会社の女事務員が帳簿をみたうえ、福島八幡に金五二万五、〇一六円を支払つた日時は同年九月二〇日であると説明したこと、現に控訴会社の総勘定元帳(甲第三号証)及び当座預金手控帳(乙第八号証)にもその旨記載されていることがいずれも認められるけれども、控訴人代表者藤田嘉平二本人尋問の結果により右各帳簿はいずれも現実に小切手金が支払われた日を記帳したことがうかがわれ、被控訴人主張の時点において、控訴人が工事残代金債権が残存することを認めていた証左とはならないから、叙上認定の妨げとならないし、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。

三  次に小切手による弁済について考察するに、金銭支払債務の履行のために小切手を振出した場合には、銀行の自己宛小切手や銀行の支払保証のある小切手のような支払の確実性の保証のあるものは格別、債務の本旨に従つた弁済の提供とはならず、また弁済方法として小切手を交付したときは、代物弁済又は更改契約を締結する趣旨である等当事者の意思が明白な場合のほかは、既存債務と小切手金債務を併存させる意思で、支払のためにしたものと推定すべきであることはいうまでもない。しかしながら、弁済の提供は弁済の完了のため債権者の受領その他の協力が必要である債務において、その弁済の完了までの過程における債権者の協力の仕方と相関的に債務者の側で弁済のためになすべき行為の程度方法を定め、弁済は完了していなくとも債務者に不履行責任を免れしめることを主旨とする制度であつて、債権の消滅とは直接関係のないものであるところ、本件においては福島八幡が小切手を異議なく受領しているのであるから、債務の本旨に従つた弁済の提供であるかどうかは問題とならないし、控訴人は昭和四三年九月七日には未だ仮差押命令正本の送達を受けていなかつたのであるから、何らの制限なく小切手を振出すことができ、その後福島八幡において右小切手を呈示して小切手金を受領した同月二〇日の時点において仮差押命令による支払の差止を受けた第三債務者であるとしても、工事残代金債権の仮差押の効力は小切手金債権に及ばないものであり、小切手の呈示、小切手金の受領は控訴人の行為をまたずになされるものであるから、これらの行為はもとより仮差押の趣旨に牴触するものではない。もつとも控訴人が仮差押命令の送達を受けた後ただちに支払人に対し支払委託の撤回をすることはできないが、支払委託の撤回をしなければならない義務が仮差押命令により生ずるわけではない。

控訴人は被仮差押債権は仮差押命令の送達前に消滅した旨主張し、前記乙第一号証には昭和四三年九月七日福島八幡が前記工事代金全額を領収した旨の記載があるが、これは小切手が経済社会において現金と同視され、小切手の授受をもつて現金の授受と同様の取扱をしているところから、かかる取引の慣例に従い記載したものであることは、控訴人代表者藤田嘉平二本人尋問の結果からもうかがわれるところであり、右の記載をもつて同日全額弁済のあつたとみることができないことはもとより、工事代金の支払にかえて小切手が振出され、又は更改契約が締結されたものと認めうる証拠はなく、前示小切手の振出により直ちに工事残代金債務が消滅したとみることはできるがしたがつて被仮差押債権である前示工事残代金債権は、仮差押命令が第三債務者である控訴人に送達された昭和四三年九月八日の時点では未だ消滅していないから、右仮差押は一応その効力を生じたものといわざるを得ない。

しかしながらすでに認定したとおり控訴人は工事残代金債権の支払方法として小切手を振出し、該小切手金は同月二〇日支払われるに至つたのであるから、これにより工事残代金債権は消滅し、控訴人は民法四八一条にいわゆる支払の差止を受けた後に弁済した第三債務者に該当しないものである。したがつて、右仮差押命令は効力を失い同年一二月二一日に控訴人に対し送達された本件債権差押並びに転付命令もその効力を生ずるに由なきものというべきである。

四  以上の次第で、本件差押並びに転付命令の有効を前提とする被控訴人の本訴請求は失当であるから、これと結論を異にする原判決を取消すこととし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽染徳次 裁判官 田坂友男 裁判官 丹野益男)

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